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世にも怪奇な物語〜影を殺した男〜
影を殺した男
『William Wilson』
1967年 フランス・イタリア

あまりに暑いので、ここはひとつ納涼のために怪談がよろしいのでは・・
というわけで引っ張り出してきました「世にも怪奇な物語」。
あ、なんだか久しぶり。
ポーの原作をいろんな監督がそれぞれに創り上げているオムニバス・・
ジョセフ・ロージー監督やヴィスコンティ監督、シャブロル監督の結局撮られなかった作品というのもぜひぜひ見てみたかったです。

今夜鑑賞したのはもちろんルイ・マル監督のドロン。
映画的にも素晴らしい作品ですよねえ。
寄宿学校での、ウィリアムが支配する残酷な空気もゾクっとするし。
「テルレスの青春」とか、あのへんの残酷さ。女の子の残酷とは少し違うんだわ・・
(フェリーニのは飛行場のTVモニターに映る女性の顔が恐くて眠れなくなるのでどうも・・。毬持ち少女よりも恐い、ブレーキかけては止まるフェラーリよりも恐い女性の顔。見たくない〜〜(ToT) フェリーニはダイナミックなイマジネーションでわくわくさせてくれる時が一番好きだなー)

  ☆ドロンといえば、『時代の情景』のトムさまです。
  皆様どうぞトムさまのサイトへ♪わたくし毎度目から鱗です。


「影を殺した男」は超のつく有名な分身、え〜とドッペルゲンガーものですけど、
あの役がギャグにならないのはドロンゆえ^^;
すっぽんぽんの若い娘を前に、解剖用のメスを大真面目な顔してちらちらさせて変てこじゃないのは、やっぱりドロンが十二分に発揮している演技力からくる底知れぬ恐さがぐわーっと滲み出ているからではないかしらん。ウィリアム・ウィルソンの配役、ドロン以外にはちょっと思い浮かばないくらい。

BBとのカードゲームシーンの緊張感。(このシーン大好き)
酷薄なウィルソンに終始漂う冷めきった色気。うまいですわー。
私がもうひとつ好きなのは、解剖されそうになった美女が、影であるもうひとりのウィルソンに助けてもらいながら、その姿に尋常でない恐怖を覚え、なぜか自分をかっさばこうとしたウィルソンの方へ逃げようとするシーンです。なんでもないシーンのようだけど、人間の心理をよくわかってるすごく納得のいく場面というか。
うまく言えないのですけど、忘れ難い!面白い!!
映画感想 | comments(4) | trackbacks(1)
太陽がいっぱい
太陽がいっぱい
『PLEIN SOLEIL』
1960年 フランス・イタリア

月曜からBSで5日連続?アラン・ドロン特集ですねえ♪
どれも好きな作品で嬉しいです。
中でも、この『太陽がいっぱい』は、小学生の頃に初めてTVで見てから
今回でいったい何度目になるのやら・・。
何度見ても、(あ、ここはこんなだったのね!)という新たな感動があるので
ちーっとも飽きないです。
原作は原作で素晴らしいけれど、映画は独立した別作品として贅沢な一級品ですよね♪

のっけの、風景が実は絵はがきでした、というのもいいし、アニメーションも斬新。
短い台詞とテンポのよい展開で、ものの5分で登場人物たちの関係がわかってしまうのもすごい。
波のように揺れ動く心理描写、精神的優位の入れ替わる駆け引きも見応えたっぷり。
アンリ・ドカエの撮影もなんてすごいのかと、年を経るごとにますます感嘆するばかりです。
青すぎるくらいに青い海。
殺害直後の荒れる海に浮かぶ、トムと見ているこちらの(バレる!)という恐怖が一瞬シンクロする、
あの恐ろしい大きな帆船。
テンポが変わり、ドキュメンタリーのようになる市場のシーン。
繰り返されるサインの練習。
お金をおろす緊張感溢れるシーンで、一瞬だけ挿入される死んだフィリップの青い眼。
必死のトムと共に階段をぶらぶらと降りて来る、死体になったフレディの煙草を持った手。腕。
うーん、見所だらけで困ってしまう!!(笑)

昔恐くて泣きそうになった、narcissisticな鏡のシーン・・・
子供の頃はあのシーンのトムが恐かったけれど、ある日、トムが話し出す前に既に鏡の向こうにフィリップの足が映っているのに気付いて(黙って観察してたん?)と、ぞーっとしましたっけ^^;
優しく気の毒なマルジュも、大人になってから見るとトムを心配しつつ無意識に邪魔者を追い払いたいと願っている気持ちが見え隠れしているのがよくわかるし・・

中学の時、淀川さんと吉行さんの有名な対談を読んだけれど、
そんなこと言われたって〜と困ってしまうばかりでしたっけ^^;
確かに精神的サドマゾチックな関係から匂い立つエロスというのはあるけれど・・
私には、むしろイタリアの刑事さんのほうが、家に美少年でも囲って居そうなホモセクシャルめいた男に見えてしまいますわ^^;

トムは、何度も「俺はこう見えて本当は頭が切れるんだ」と言いますけど、
それを自分で言うところになんともいえない哀しみを感じるんですよね・・。
案外、やることもいきあたりばったりだったりするし。
子供心になんだか可哀相になってしまって、つい(成功させてあげたかったなあ・・)なんて思って。しかし、同時に殺人というのはどうにも受け入れがたい。
子供は、主人公には常に正義の人であってほしいと無意識に願っていますものね^^;
だから、昔からこの映画で一番好きなのは、アパートの気のいいおばちゃんとニコニコ笑いあう邪気のないトムの顔です。
あの笑顔の兄ちゃん(と同時にしかし、ギターを弾けと愛のかけらもない冷たい瞳でマリー・ラフォレに迫るドロンにも魅入られてしまったのも本当・・^^;)が私の中に最初にインプットされたドロンですわ。

名匠ルネ・クレマン監督の視点というのは、あくまでも二人の爺さんが言う「罰当たりが」なんだろうなと思います。

 「仕事は?」
 「ないよ。君はあるのか?」
 「ない。だが金がある」

 「他人の金を使う身は気楽だな」
 「君だってパパの金を」

たまたまブルジョワ家庭に生まれることは何の罪にもならないけれど、それに甘えて享楽的な生活に溺れるだけのアホ青年はやっぱり罰当たりだろうと。
それをトムが軽蔑するのはごく普通の若者らしさだろうし、堕落したバカから奪って何が悪い、と考えてしまったのも無理はない。ただしそこから発展する独り善がりの殺人行為となるとまったく次元の違う問題で、絶対に許されるものではないという監督の真摯な厳しい視線。そんなあれやこれやが、「罰当たりが」に集約され、あのラストに結びついているのでは・・。フレディもフィリップもトムも、そしてトムに心を移しかけたマルジュもやはり罪深い若者なのだ、という感じがします。

アラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレ、3人とも素晴らしい。
哀しみに彩られた青春映画としても完璧だわ〜と、見入ってしまった夜でした。
ニーノ・ロータの音楽も、一生忘れられないだろうな。

ドロンは、前年の『学生たちの道』可愛らしい好青年、同年の『若者のすべて』のあのロッコともまたまったく違った顔を見せているわけで、やっぱり演技すごくいいです。
クレマン監督も、演出しながら嬉しかっただろうと思いますわ。
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フランス式十戒
f
『LE DIABLE ET LES DIX COMMANDEMENTS』
1962年 フランス

初見。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のオムニバス映画。
悪魔の語る十戒といいましょうか、ちょっと斜に構えて人間たちを皮肉っているフランスらしい一篇でした。(DVDには丁寧な解説書も)
また、出演陣の豪華さにはうっとりです♪

1話:汝神の名をみだりに呼ぶなかれ
冒頭、「神さん、南無三、クソッタレ」と言うのが癖になっているミシェル・シモンと、赴任してきた司教リュシアン・バルーの幼馴染の再会から始まり・・

2話:汝人の持ち物を欲するなかれ。汝姦淫するなかれ。汝結婚のほか肉の行いを求むるなかれ
で、フランソワーズ・アルヌール、ミシュリーヌ・プレール、クロード・ドーファン、メル・ファーラー扮する2組の夫婦にきらびやかな宝石が絡んで・・

3話:汝殺すなかれ
では、リノ・ヴァンチュラを元修道士のシャルル・アズナヴールが妹の復讐のために狙い・・

4話:我は汝の主なり。我を唯一の神として礼拝すべし
で、フェルナンデルが”神の奇蹟”を行い・・

5話:汝父母を敬うべし。汝偽証するなかれ
で、ジョルジュ・ウィルソンとマドレーヌ・ロバンソン夫婦の息子アラン・ドロンが、実の母親は別にいると聞かされダニエル・ダリューに会いに行き・・

6話:汝盗むなかれ
では、ジャン=クロード・ブリアリとルイ・ド・フュネスが協力して銀行強盗を働くが・・

7話:汝安息日を聖とすべし
にて、十戒うろ覚えのシモン&バルーがお酒を呑んで盛り上がり、結局例の口癖が止まらない・・
悪魔はそんな人間たちが大好き、というところで〆^^;

*******************************************

ちょっと胸の痛むお話、哀しいお話もあるのですけど、次の2話は楽しめました。

【第5話】
息子の顔を見ればつい愚痴ばかり言ってしまうママン。ある日、あんまりグチグチ言うママンにうんざりしてパパに文句を言ったら、「お前の本当の母親は別にいるのだ」と衝撃の告白をされてしまった医学生ピエール。しかも、その実の母親は自分も知っている有名な女優だった!意を決したピエールは彼女に会いに行くのだが・・・というお話。
別にドロンが出ているからというのではなく、話自体一番好きだと思ったのがこれでした。真実を自分ひとりの胸にしまい、親が傷つかないようにやさしい嘘をつく息子。素直になれず口から出るのは文句ばかりだけれど、血のつながらない息子を愛していて心配しまくってしまう母、自分は息子の父親だと信じて疑わず、継母である妻に色々遠慮しつつやっぱり家族を一番に愛している父。
ダニエル・ダリューとドロンが母子!?とたまげたのですけど、二人の年齢から言うとそんな設定実は変でも何でもなかったんですね。ちょっと驚きました。今でもとても美しいダニエル・ダリューですが、「うたかたの恋」の、あの可憐で完璧な美貌は忘れろと言われても忘れられません。
ドロン、「学生たちの道」の時の箱にしまっておきたいような素朴な初々しさはさすがにもう消えていて色気のほうがぐっと勝っていますけど、親思いの好青年役ちっとも気負ってなくて自然でよかったです。

【第6話】
嘘をついて笑顔で円満解決しているドロンを見ながら、蛇は「この青年、将来女を泣かすぞ。若い世代は将来有望だね。ヌーヴェルヴァーグ万歳!」なーんて言うんですけど、そこに実にスムーズに出てくるのがヌーヴェル・ヴァーグ俳優のブリアリなんですねー(笑)この流れ、楽しい。
で、ブリアリがまた実にブリアリらしさを楽しげに出していて面白くて。
調子が良くて都会的、誠実とは無縁のしたたかな世渡り上手。悪びれずにいけしゃあしゃあと憎らしいことを言うんですけど、そこに泥臭さや嫌味がないんですねー。とってもスマートです。
ここでは銀行員なんですけど、あんまりいいかげんなので首を言い渡されてしまう。でも落ち込むどころか「そんなことならもっと寝てればよかった」なんて全然懲りない男。
その最後のお勤め中、やってきたのは銀行強盗。「人生アホにならなきゃ楽しめない!」ってんで、強盗にせっせと協力するブリアリ。もちろん、強盗の顔をどこかで見たぞ・・という覚えがあってのこと。あとで脅してお金貰っちゃおう〜なんてちゃっかりしてるんですねー。でも、偶然がなかなか事をうまく運んでくれず・・(笑)
台詞の端々にデュヴィヴィエ監督の、皮肉めいたニヤリが見えるような楽しいコメディでした。
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浸ってしまった1週間でした
この一週間、LE HEROS DE LA FAMILLE の余韻にすっかり浸ってしまいました。幸せな余韻でした。

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Catherine Deneuve
アラン・ドロンと一緒で、小さい頃から主演作(特に「シェルブールの雨傘」)について母親にあれこれ聞かされてきたので、ごく当たり前にずっと好きです。



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Gerard Lanvin
男前だわ〜。このニッキーという役はチャーミングでした。「私の男」「ムッシュ・カステラの恋」など面白そう♪


Miou-Miou




Miou-Miou
その昔「読書する女」で初めて見て以来でした。劇中、「君のスタイルは昔と全然変わってない」みたいな台詞がありましたが、本当に綺麗な足をお持ちでした♪


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Michael Cohen
初めて見た人ですが、とても良かった。他の役も見てみたいと思った品のよい端正な俳優さんでした。クリファ監督の短編や初長編にも出演しているとのこと、この監督と気が合うならきっと素敵な人に違いない!と勝手に決めてますます好きに。


DATE WITH AN ANGEL

Emmanuelle Beart
その昔、「天使とデート」でひとめぼれしました。こんな天使がお迎えがきてくれるならいい人になるわ・・と思ってしまうくらい可愛くて可愛くて美しかった!!人工衛星に頭ぶつけたりするおっちょこちょいな天使だったよーな・・。天使というのに120%の説得力があり、作り物の羽を背負ってても全然おかしくなかった。人間になったらなったで今度は艶かしい美女で、ほんと見ていて楽しかったです♪


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Claude Brasseur

この映画の中の天使ともいえるガブリエル役、素敵でした。その寛容と包容力溢れる笑顔にホッとしてしまった。あのピエール・ブラッスールはお父さんだったのですね。


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Geraldine Pailhas
けっこう色々と出ているのに私は初めてでした。マリアンヌの笑顔、とても嬉しかったな。ご主人は、この映画の脚本家クリストファー・トンプソンだそう♪歌も良かった。


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Pierrick Lilliu
自分が16だったら絶対に熱を上げてたに違いない(笑)爽やか好青年。大らかでとても感じのいい笑顔の持ち主でした。本作が映画デビューで、本業は歌手だとか。??


この映画に出てくる登場人物たちは、みなどこかに媚びや計算高さとは無縁の、大人の可愛げみたいなものを隠し持っていました。それが本人たちの知らぬ間に少しづつ顔を覗かせるのもよかった♪

LE HEROS DE LA FAMILLE
あなただけ今晩は | comments(2) | trackbacks(0)
レッド・サン
RED SUN
『SOLEIL ROUGE』
1971年フランス・イタリア・スペイン










←内容が読めないポスター^^;


1870年アメリカ合衆国西部。日本からの親善大使を乗せた列車が強盗団に襲撃される。
強盗団のリーダーはリンク(チャールズ・ブロンソン)とゴーシュ(アラン・ドロン)。
大統領献上のための宝剣を彼らに奪われた日本大使の護衛・黒田(三船敏郎)は、仕事を終えたところでゴーシュに裏切られ無一文になったリンクと共に、強盗団の追跡を開始する・・・

テレンス・ヤング監督作品。
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面白い〜っ♪

初見。もー、こんなの大好きです。娯楽活劇♪
しかも、娯楽作品なのにもかかわらず日本のサムライ魂の根っこ部分が的確に捉えられているのがスゴイ!!
こんなに違和感がないのも珍しいです。
出演者は大好きだけれど、もしやトンデモ映画!?と不安で(失礼・・)ずっと見そびれていたこの映画。
実際に見てみたらそんなの杞憂も杞憂、とっても面白い映画なんでした。
いったい何語で喋るのかと思ったら、皆さん英語でしたわー。

3度か4度か5度ほど^^;「ぶっ」と吹きだして笑ってしまうのですけど、主役の面々はもちろんコマンチや警備隊など敵味方という役柄に関係なく、出演者たちのどこかに残っているであろう”男の子”の部分がチラっと見え隠れしていて、妙〜に楽しそうなのが見ていて面白いんですねー。

で、なんといっても三船敏郎!!
この方はいつもそうですけど、出てくると画面から飛び出してきそうな勢いがありますよね。海外作品でも日本映画でもいつもそう。
今回は出てくるなり、「わたくしは黒田である」というのがビシーっと伝わってきて、カッコイイのなんのって。実に威風堂々、風景なんかに全然負けちゃいません。
気負いも媚びも全然なし。
こんなオーラは、そうそう出せるもんじゃないですわ。
出てくるだけで、うしろにバーっと日本列島が広がりますし。
馬に乗ってれば、日本の馬場を駆ける姿が目に浮かぶし、所作のひとつひとつにサムライとはこれである!という言葉などいらない問答無用の説得力が大いににじみ出ていて素晴らしいのです。その上、チャーミング。さすがだわ〜♪
英語で話していても、どこまでも堂々とニッポン人でした(惚)

この三船演じる黒田と、徐々に友情を深めるのがチャールズ・ブロンソン。
この方も、本当にカッコイイですよねえ。タフで、信頼のおけそうな男で渋くって。
今回は三枚目ふうでわりとお喋りなのですけど、見ているうちにすっかり惚れてしまうやっぱりいい男なんでした。
甘くて精悍で飄々とした味わいに、軽々とした身のこなし、さらにこれまたなんともいえないチャーミングさ。
さらりと気持ちのよい友情が良かったです。
調べてみたら、三船敏郎が1920年生まれ、ブロンソンが1921年生まれなんですねえ。

で、この二人に喧嘩を売る悪役が1935年生まれのドロン。
私は、子どもの時からアラン・ドロンはうまいと思っているので、今回の役も脇に徹していてよいなー、わかってるなーと満足でした♪子どもながらに、なんか変だな?と思ったのは『名誉と栄光のためでなく』くらいかも。あれはなぜか変な違和感があったんだわ・・
チャラい兄ちゃんで卑怯もん、わ、本気で殺しそう・・という怖さも出してくれて、いい感じで三船&ブロンソンを引き立ててました。西部劇お約束のガンさばき(子どもが真似したがるやつ>笑)もさらっとキメてくれて。で、空気はやっぱりヨーロピアンなんですねえ。(そこがまたいい)

女優さんたちは、ほとんど知らない人たちばかりでしたが、みなさん綺麗!
とにかく、楽しんだが勝ちの映画でした♪

ラストの刀は、あれどうやってぶら下げたんだろう??
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スワンの恋
UN AMOUR DE SWANN
『UN AMOUR DE SWANN』
1983年 フランス・西ドイツ


初見。ようやく鑑賞できたのですけど・・・
これ、とても面白かったです。
もっと早く見ておけばよかった。

"恋情"を描いて秀逸なこの映画。自分が上流社会相手の高級娼婦に恋していることに突然気付いてしまった男が、仕事も友人も地位も名誉も忘れて彼女に翻弄され、嫉妬に狂い、嵐のような感情に焼き尽くされて己を見失う様が見応えたっぷりでした。
我に返った時の空虚感と自分の世界の現実、その残酷さたるや・・・

主人公スワンを演じるジェレミー・アイアンズ。(若い!)
フランス語が吹替えだったので、あの素敵な声が聞けなくてほんの少し残念でしたけれど、典雅な物腰がスワンにぴったりでした。良かった♪
(それに、ジェレミー様は女性に翻弄されると魅力が倍増しますものね>笑)
当時のブルジョアジーの邸宅、身支度の様子など興味深く見ました。

スワンは富裕層のユダヤ人ですが、美術に造詣が深くノーブルで知性的、社交界でもどうやら引っ張りだこのよう。
そんな彼が、彼らの世界における不文律を破ってまで高級娼婦に入れ込むという行動に走ってしまった、しかもまったく自分の好みではないはずの女性に恋をしたと感じたのは、彼女がボッティチェルリの描いたモーセの妻に似ている・・という思い込みと、カトレアにまつわるセンシュアルな記憶、そしてあのヴァイオリンの音色の相乗効果によるものだったのでしょうか。

いずれにしても、恋は幻想ともいえるし、最初から終りも見えている怖い怖いものなのに、そこに思わず知らずはまり込んでしまったスワンの苦悩・・・
出会いの頃の様々な思い出を反芻しながらどんどん燃え上がってしまう、理性と無縁の妄執じみた恋。
傍から見ていたら滑稽なほど(突然アホになってしまったご主人様に振り回される馭者・レミの表情・・^^;)だけれど、うーん、気の毒だわ・・。

更に困ったことに、彼の属する社会は、金があり余り退屈しきって頽廃しているという差別的で閉鎖的な俗物たちのしちめんどくさ〜い饗宴世界。
シャルリュス男爵が、「あんなゴミ溜めにいくな」と助言をしても戻ってこられないほどになってしまったスワンは、ついには虚無の中で恋に殺されてしまうんですけど、同時にその本来軽蔑していたであろうゴミ溜め世界からも締め出しを食らってしまうのですね・・。
 「ヴェルデュラン家は金持ちだが、あんなバカは我慢ならん。彼らに美術品などブタに真珠だ」
 「彼らはバカではない。あれが真の人生だ。世間にはない知性がある」
男爵と意見の相違を見たこの会話の皮肉なこと・・・。本来の自分を偽ってまでオデットに入れ込むスワンは、社交界の”知性”に見事に人生を叩き潰されてしまうんですね。

スワンと共に、この物語の裏の主人公とも言えるシャルリュス男爵。
友人にオデットを紹介したのは彼ですが、そのときはスワンが本気になるとは考えていなかったのか・・・。
真に貴族的な、孤高のマイノリティであるシャルリュス男爵。
好演しているとは昔から聞いていましたけど、ほんとドロンがうまいです。
夜会に誘うためにまめに男性をチェックしつつスワンと話しているときの立ち居振る舞い、「死の意味は、人さまざまだ」とスワンに言うときの顔・・。

UN AMOUR DE SWANN




「好演」というか、名演。
 
特に胸に残るのは、

 「きみ、私たちの幸福にとって 美術の研究、収集、庭園は代用品に過ぎん。
  私たちは、哲学者のように人間を求める。
  ベゴニアを植える一方で、人間という灌木に時間をさく。苦労を承知で」 

という言葉。これ、男爵が男色家であるという察しさえつかないような世間知らずの野暮天である若いユダヤ人ピアニストに、男爵が言って聞かせる台詞なのですけど。
「君はその苦労に価しない」という辛辣な台詞があとに続きますが、別れ際にこういうことを教えてやる男爵の人間的な優しさと孤独感にぐっと惹かれました。
そのとき、シャルリュスの頬には坊やにひっかかれたのかミミズ腫れが出来てたりするのですが、彼と別れてから独り馬車の中でそっと化粧をし直すシーンがなんとも良かった・・・。
この役、今まで見たドロン作品の中でも好きな役ベスト3に入るほどいいです。ドロンを別に好きじゃない方でも、この男爵のことは絶対に好きになってしまうはず。

さまざまな衣裳、美術(ドアや調度類の質感!)、撮影もとても美しいものでした。
監督は、『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレーンドルフ。
ラスト、どっと老け込んだスワンと男爵の交わす会話と余韻・・。
この時代、マイノリティを貫くというのは一体どれほどの苦労を伴ったのか・・・。
(いつの時代にもマイノリティは存在するのでしょうけれど。)
男爵を見ていたら、『山猫』のバート・ランカスター演じるサリーナ公爵を思い出してしまった・・。

うーん、やはり一生に一度はプルースト読んでおかなくてはいけないかも・・・
精神的に残酷ではありますが、とても好きな映画でした。

*この映画についての素晴らしい記事が「時代の情景」のトムさまのところで読めます。ぜひコチラへ・・・
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ブラウン管の映画館
先日、BShiで『リプリー』やってましたね。
ちょうど『カポーティ』と前後してチラっと見たんですけど、
フィリップ・シーモア・ホフマンが全〜然違うので、笑ってしまいました。
『リプリー』のホフマンは、低い声が素敵なんだもの。
チェット・ベイカー(好き好き)の真似をしながら、My funny Valentine 
を歌うトム・リプリー(マット・デイモン)。

   可笑しな私のヴァレンタイン・・
   写真写りはいまいちだし、どうにも口下手・・・
   でも、私の大事な人・・髪型なんか変えないで
   そのままのあなたでいてほしい
   そばにいてくれれば毎日がヴァレンタイン・デーになるから

確か、そんな歌詞でしたよね。(←嘘かも^^;)
こんな風に言ってくれる誰かが欲しかったんだろうなあ・・と思うと、
やるせなさに追い討ちをかけるような感じで。哀しい青春映画ですね。

哀しいといえば、子供の頃、特に8〜14歳くらいの間に鑑賞した映画というのは、ひじょうに強いイメージが焼きついてますけど、それらのほとんどがブラウン管で見たものばかり。民放の映画放映はもちろん、NHK教育の世界名画劇場(だったかな?)なんか、唯一夜更かしできるということもあって嬉しくて必死に見ました。
(ビデオもなかったし、映画雑誌なんかも読んでいないから余計な知識ゼロでかえってよかったよーな気がするなー>笑)

中でも、『太陽がいっぱい』、『恐怖の報酬』、『大脱走』、それから『コレクター』、『誓いの休暇』などが強烈に印象に残る作品。
とくに最初の三本。
これは、たぶんどれも失敗するからだと思うのですけど、大きなショックと共に、いまだに(成功させてやりたかった・・)みたいな、子供なりに感じたせつないような哀しいような、もの哀しい余韻が心の奥にずっとしみついています。

マッカラム







(これは、ナポレオン・ソロの頃でしょーか(*^^*))

『大脱走』は、マックィーンはいてるし、展開もすごくわくわくして楽しかったんだけれど、ほら、この方が駅のホームで仲間に逃げろと言いながら、撃たれちゃいますよね?ここがもう、大ショックで・・。成功するものだと思って見ていたから。

ドロン







(これは何の役だっけ?美人〜)

この方のトム・リプリーも、何度か出てくる食事のシーンでの強烈な孤独感みたいなものが子供ながらにハッキリと感じられて、とにかく可哀相で仕方なかったんですよね。チキン頬張ってる背中とかねぇ・・・


Yves Montand





(若いモンタン♪)

この方は、ものすごく大変なお仕事をやっとこさ終えて、お給料もらって、口笛吹きながら運転しつつ帰る途中・・・。もう、母親に隠れて泣きながら寝ました。

でも、ブラウン管の向こうの世界ほど自分を酔わせてくれるものはなかったですわー。いいものをたくさん放映してくれて、ほんとTVの映画番組はありがたかったです♪ 
   
雑談 | comments(8) | trackbacks(0)
THE CAT 1964
the cat

お世話になっている時代の情景のトムさまに教えていただいた、このCD。
まだか〜まだか〜と、首を伸ばしまくって待っていたのですけど、やっと届きました!
うーん、長かっただけに嬉しさもひとしおです。
ジャケットがまたこーんな(↑)なのでニンマリ。
思わずうちの黒猫(D)に「どうどう?好き?」とか見せたりして。

お恥ずかしや、Jimmy Smithというオルガン・ジャズの第一人者のことを全く知らなかった私なのですけど・・。
ひじょうにパワフルかつ大人ですねえ。
押すだけじゃなくて、Free&Easyというんでしょうか、あかぬけてるし。
PCで再生している時、ジャンルは「ソウル」と出たけれど、これはソウル・ジャズということでしょーか。いまいちそういうところがわからない・・

いろんな音楽が自由に融合していて、R&Bにロックに・・と古びない多様な香りがするのですね。(そもそも音楽ってそういうものか)
モダンで挑発的でもありかっこいいんだけれど、何より楽しいのがいいです♪
気持ちだけでも演奏に加わりたくなるし、変幻自在なソロや各パートのアドリブは、聴けば聴くほど細胞に浸透する感じ。
今4回目を聴いているんですけど、そうかー、オルガンてこんなにいいんですねえ。うーん、いいわ〜♪

 1. Theme from Joy House
 2. The Cat
 3. Basin Street Blues
 4. Main Title from "The Carpetbaggers"
 5. Chicago Serenade
 6. St. Louis Blues
 7. Delon's Blues
 8. Blues in the Night

Theme from Joy Houseは、先日再見したばかりの映画『危険がいっぱい』のテーマ。(LES FELINSと言ってほしいけど)
映画本編とはアレンジなど変わってますが、オーケストラのケレン風味(というと違うのかしら?)がとても面白いし、そもそも作曲者はあのむちゃくちゃイカす『ブリット』のテーマや『シンシナティ・キッド』『ダーティハリー』などもやってるラロ・シフリン氏!(ラロ・シフリン映画音楽集とかってあればいいのに)

The Catは、『危険がいっぱい』の挿入歌だそうですが、素敵!小粋で自然に踊りたくなります。これで皿洗いしたら気分よくて、2,3枚割っても平気で笑っていられそうな感じ(笑)ソロの飛ばし方すごいですね!どんな弾き方してるんでしょう?あ、うちの猫はこれ黙って聴いてましたワ(*^^*)

Main Title from "The Carpetbaggers" は、バーンスタイン作曲で『大いなる野望』(未見)のテーマだそうです。この中でアラン・ラッドがやっていた役が独立して、マックィーンのネバダ・スミスになったのですって。知らなかった。

Delon's Bluesは、何だ?と思ったら、ジミー・スミスが初めてのフランス人の友人であるドロンに贈った曲だそう。へぇ〜。派手めなのかと思いきや、軽やかなswingが気持ちのいい、ニヤっとしちゃうような曲でした。都会を散歩してるような雰囲気。(あ、あくまでもドロンが。)

他のもどれもこれもいいんですけど、今の気分だと特に6のSt. Louis Blues!ジミー・スミス凄い!!シフリン氏のアレンジ、やっぱりいいです。自然に精気を吸い取られがちな春は、こういうので大いに細胞活性化しないと。出勤前に聴いてから行くことにします♪ ああ、でもBlues in the Nightもいいし、Basin Street Bluesもいいな〜。

ルート・ダウン
オットも気に入ったようなので、結婚記念日にライブ・アルバムの『ROOT DOWN』を贈ることに決めました。(←単に自分が聴きたい^^;)


余談ですが、THE CATは映画のどこで使われてたっけ?と思いながら見直していたら、『太陽がいっぱい』のパロディーのようなお遊びシーンの連続に、思わず吹き出してしまいました。例えば・・

トムが鏡に映る自分に話しかけるシーン⇒プールに映る自分にむかって「やあ、マルク」。
フレディの頭を殴りつけて果物や野菜がぱーっと転がるシーン⇒マルク、ホテルに帰ってきたところを殴りつけられてテニスボールがコロコロ・・
フレディの死体を車に乗せていこうとする横を2人の坊さんが行く⇒追っ手から逃げメリンダに車で拾ってもらって逃げる横を尼さん2人が行く・・

大体、オープニングクレジットの文字がまるでトムが打ってるタイプライターの文字みたいだし、三角関係もラスト逃げられなくなるのも一緒。
やっぱり『危険がいっぱい』は面白いわ〜。会話もいいです。
それ以外の感想 | comments(4) | trackbacks(0)
フリック・ストーリー
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『FLIC STORY』1975年 フランス・イタリア

先日、この映画のピアノの使い方についての記事を書きながら、(ところで台詞合ってたかしら?)と気になったので、かなり久しぶりに再見しました。

舞台は戦後間もない1947年。
脱獄犯で数十件にわたる殺人容疑を持つエミール・ビュイッソン(ジャン=ルイ・トランティニャン)と、彼を追うフランス国家警察刑事部のロジェ・ボルニッシュ(アラン・ドロン)の死闘。
1973年に出版された、シュルテ・ナショナル(フランス国家警察)の元刑事が記した実録小説『フリック・ストーリー』の映画化。

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「僕はロジェ・ボルニッシュ。仕事も好きだが、カトリーヌも好きだ」
冒頭のこのモノローグ、昔から妙に心惹かれます。
ビュイッソンの兄を刑事が尾行するときに映る、石畳の坂の多い道のショット、デジレ街の様子も好きだし、ボルニッシュとカトリーヌが「(クロード・オータン=ララ監督47年作品の)『肉体の悪魔』観に行く約束したじゃないのー」「忙しいからまた今度」なんていうシーンも楽しい。

全体的にはとてもやるせない物語で、皆がちょっと疲れ、くたびれて見えます。
男達のいでたちは、とてもシックなのですけど・・。
無駄な台詞がない分、一切の微妙な感情の動きは役者たちの眼差しひとつにかかっているのですけど、みなベタつかない適度に抑えられた演技なので全体が引き締まっています。
殺人という行為のどうしようもない残酷さも、決して派手に映すわけではないのに、かえって深くこちらの心に突き刺さってくるような描写でした。

ある事情から警察に協力した男ポーロと、ボルニッシュ刑事が交わす、
 「情けない」
 「仕方ないんだ。・・・お互いにな」
という台詞に漂うなんとも言えぬ哀感。ここの、ポーロを演じるポール・クローシェとドロンの”間”がとてもよかったです。

無意味な残虐性でもって取り調べをしようとする同僚(彼のサドっぷりは、闇夜で張り込みながら野良猫を蹴り飛ばすシーンに凝縮されてましたわ)を嫌うボルニッシュは、エキセントリックさのない物静かで落ち着いた男ですが、自己保身第一のような上司につい大人げなくムっとしたり、屋根から落っこちてビュイッソンを取り逃がすヘマをやったり、失敗したせいで恋人に当たって急いで謝ったりしつつ、ぐーっと闘志を燃やしていくという人間くさくて味のある刑事。

このドロンは、粋でほどよく枯れていて、共演者との芝居の呼吸もとても滑らかでいいです。個人的に、『山猫』、『危険がいっぱい』、そしてロージー監督作品のドロンと共にすごく好きな役。深みのあるオリーブ・グリーン?のトレンチコートがまたよく似合うんですわ〜。
最近の映画となると断然香港映画の刑事さんたちがよいなあと思いますが、昔の映画の中では、『ブリット』のマックィーン、『暗黒街の対決』の三船敏郎、『野良犬』の河村黎吉、そしてこのドロンがいいです。恋人に「ありがとう」とか「ごめん」とか言う時も実があるもんなあ。そうそう、去年初めて見た『犯罪河岸』のルイ・ジューヴェも良かったっけ。ここでのドロンは、あのジューヴェ演じるアントワーヌ刑事に通じる泥臭くない情味があるんですねー。
世間ではトランティニャンに喰われているということになっているのですけど、
(え、どこが??二人が揃ってるからいいんじゃない)と見る度に思いますわー。

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で、このラスト近くのピアノのシーンですが・・。
淡々と静かに進む展開と最小限に抑えたBGMが続くおかげで、より印象的に感じられます。
カトリーヌが弾き始めたピアノの音色に誘われ、ガチョウ亭へ戻ってくるビュイッソン。彼女が弾くのは、「バラ色の人生」・・

 「お上手ですね」
 「小品だけですのよ」
 「お願いします。・・・ピアフを」
 
いい台詞ですよね。シャンソンが全然わからないので、2曲目に弾く曲はなんというのか知らないのですけど。
思わず警戒を解いて、やわらかな笑みさえ浮かべるビュイッソン。
逮捕までの一気に高まる緊迫感。
一瞬交錯する、捕まったビュイッソンとカトリーヌの眼・・・。


監督のジャック・ドレーは、アンリ・ベルヌイユやルイス・ブニュエルの助監督をしていたそう。
地味だけれど、味わい深い佳作だと思います。


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学生たちの道
q
『Le Chemin des Ecoliers』
1959年フランス

1943年、ドイツ占領下のパリ。17歳の高校生アントワヌは、親に内緒で友人ポールの父親が手引きしている闇取引の片棒を担ぎ、儲けたお金を持って年上美女のイヴェットのもとに通い詰めている。次の山は、20万フランという大金のかかった大仕事だったが、アントワヌの父親が息子の行動に疑問を持ち始め、ポールの父親を訊ねてくる・・。

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初見。またまたお仏蘭西。
あらら、なんて可愛らしい・・・
ほんの少しほろ苦いけれど、微笑ましくて楽しい作品でした。
ブリアリとドロンが、高校生を演じている上に、とっても初々しくて繊細。
役者って監督が変わるだけで、こうも違うものなのねぇと吃驚です。

いいなぁと感じたのは、二人の男の子の父親たち(ブールヴィルとリノ・バンチュラ)が、まあ親バカとも言えるんですけど・・^^;とにかく自分の息子をとっても愛しているところ。

年上の人妻イヴェットを演っているのがフランソワーズ・アルヌール。
小柄でコケティッシュですこぶる魅力的♪
「私が欲しいのは毛皮よ」
くるくると変化する色気のある悪戯っぽい表情が憎めなくてとても素敵です。
(もうすぐBSで『フレンチ・カンカン』やりますよね♪楽しみ〜)
とにかくお金が一番!な女性で、年下のうぶな坊やをいいように使ってるんですけど、そんな関係の中にもどこかにチラっと本物の愛情も見え隠れするよう。(ルルとも愛人関係にあるんじゃないかな・・。)

彼女にすっかり惚れ込んで、宿題気にしつつも自転車すっ飛ばして通い詰めて成績急降下させている真面目な高校生がドロン。
アラン・ドロン苦手という方でも、この素直で可愛らしい犬ころみたいな男の子を嫌いになるのはちょっと難しいかと(笑)
親に嘘をついてるのが心苦しいと気にはしつつも、今はイヴェットのことで頭がいっぱい、相思相愛であると信じて疑っていないような坊や。「そんな言い方したら失礼だよ」とか悲しそうになる純粋さもよかったです。「好きな女性と一晩中過ごすとして、何回くらい愛し合えるのが普通?」とポールに真顔で聞いたら、「身体に悪いから少しだけ。他にもっと考えることないのか。自分の顔見てみろ、バカに見えるから」と呆れられるのも可笑しかった。
友人ポールを演じるのが、シャブロル監督作品など見るとこれぞ男のソフィスティケートという感じがするジャン=クロード・ブリアリ。
ここでは実家の大きなレストランでバーテンのバイトしてるんですけど、こんなバーテンのいるお店だったら通いたくなるなー。
年上の女も遊んでやってるつもりがいつのまにかブリアリにすっかり惚れちゃってる・・そういう役がとても自然でスマートでした。
あんまり早くにいろんな世界を知ってしまったせいで、アントワヌより精神的にかなり大人でしたたか、女とのつきあいも割り切っているし、受験勉強もしっかりしている子なんですけど、実際はやっぱり17歳なので傷ついてるんですわね。
で、自分のようには冷めていない友人のことを心配するのと同時に、素朴な友人の家族が羨ましい・・、みたいに思ってるらしいのがちょっとした表情でパっとわかるんですねぇ。

すったもんだがあった後のラスト、
 「お前は大人になった。私の知らない間にね」
 「自分でも気付かなかったよ」
 「それじゃ まだかな。急ぐなよ。ゆっくりでいい」
という台詞なんか、なんとも良かったです。

印象的だったのは、学生たちが授業中にインク壷をみんなで回しながら使っているところや、アントワヌのおうちの朝ごはんの風景。
発禁本のアメリカ文学と交換したというココアとバターの並ぶ、家族4人で囲む何気ない食卓。なんだかとっても美味しそうなココアでした♪
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Joy House 1954
喜びの家
『危険がいっぱい』
(原題:「Joy House」)
1954年 アメリカ 
デイ・キーン著 松本依子訳
ハヤカワ・ポケット・ミステリ



古本屋さんから『危険がいっぱい』の原作が届いたので早速読みました。
デヴィッド・グーディスの『狼は天使の匂い』や『ピアニストを撃て』などの既刊もある<ポケミス名画座>シリーズ。
テンポよくあっという間にラストにきてしまいました。
【以下、内容に思い切り触れてます】

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主人公マークは、天才と呼ばれたやり手の元青年弁護士。
金の誘惑に負け悪徳に手を染めていた彼は、更正を願い続けた愛する妻をはずみで殺してしまい、妻の兄であるギャングの追っ手から逃れて西海岸からシカゴへ逃げてきたのだった。
何もかもなくし、心身ともにぼろぼろになったマークが転がり込んだのは街の救済院。そこで出会った、慈善事業をしているアッシュ・ブロンドの若き資産家未亡人に運転手として雇われたマークは、かつての自分の依頼主で既に死亡している男になりすまし、未亡人、屋敷のメイドと共に暗い屋敷で共同生活を始めるのだが・・

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性的魅力に溢れた悪女に翻弄されつつも、主人公は結局ラストまで自己嫌悪と追われる恐怖と挫折感をかかえたまま暗黒の世界に堕ちておりました。
途中、マークの気持ちが一瞬の間にコロッと変わったりするので、少し読みにくく感じられましたが・・。
気になっていたラストは、映画とはまた違った〆になるのですがなかなか面白く読みました。ただ全体として女性が好んで読むようなタイプのお話ではないなあと。いわゆる女権拡張論者が読んだら怒り出すような感じの話だし・・^^;
喜びの家







こちらはライオン・ブックス社版「Joy House」


殺伐とした暴力性。主人公を襲う悪夢。美女がしかける狡猾な罠。
汚職、殺人、殺し屋に偽名といったキーワードを呼び込む、逃れられない陰鬱な過去。
女性嫌悪(同時に性的欲求も強い)に酒・酒・酒・・
なんというか、全体の印象はハリウッドの40年代〜50年代のフィルム・ノワールという感じでした。ひじょうにアメリカ的で・・

登場人物たちのキャラクターも、原作と映画ではまったく異なっていました。
”猫”と言われるのは、原作では若き未亡人のメイなのですが、うーん・・この猫は、猫を知らない人が描きたがる猫像そのものかも。あるいは男がヨワイ女のイメージ?簡単に言うと、猫=魅惑的な性悪、の図式・・^^;

その点、映画の猫族たちは、かなり本物の猫らしかったなあ。
各々の個人主義を貫いてるところが。
猫は常に自分が選ぶんですから・・

そもそも、原作には未亡人のいとこ”メリンダ”が出てきません。
美人でグラマーらしいメイドはいるけれど、重要な役ではまったくないので・・。
だから話もガラリと変わってしまうんでした。
未亡人メイは、映画のバーバラのような優美さを持つミステリアスな大人のマダムなどではなく、人格もまったく違っていたのでかなりガッカリ。読んでいてもあまり楽しくなれなかったな・・(彼女の性格の一部にメリンダがいる・・といえばそうなんだけれど)
主人公マークも映画のマルクとはまるで違っていて、何というのかしら、えーと、ちょっと精神の往生際が悪いというか・・。人間くさいといえばそうなのですけど・・。

原作を読んであらためて映画脚本を書いたルネ・クレマン、パスカル・ジャルダン、チャールズ・ウィリアムズの手腕に感じ入りました。
原作を上手に換骨奪胎というんでしょうか、見事に独自のプロットを生み出して新たな作品に仕上げているんだなあというのがよくわかって。
10年という時代の差もあるのでしょうか。
やっぱり私は、人間も展開もずっと魅力的な映画版のほうが好きです。
お互いの駆け引きも猫たちのほうが余裕と冷静さ、したたかさがあって粋だったし。可愛げさえあったもの。ラストの余韻も、映画のほうがはるかに奇妙で恐ろしく面白かった。

クレマン監督は『太陽がいっぱい』『危険がいっぱい』の2作品で、モーリス・ロネとジェーン・フォンダにアラン・ドロンを音もなく静かに捕えさせ、永遠に映画の中に封じ込めてしまったみたいですねー。

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危険がいっぱい
ジェーン・フォンダ
『LES FELINS』
1964年 フランス


久々に再見しました。ルネ・クレマン監督とドロンのコンビ作といえば、初めて見たのはTVで見た『太陽がいっぱい』でしたが、あれは小学生にはちょっと刺激が強すぎましたわ。
どこがって、あの鏡の向こうの虚像の自分にキスしたあとの眼が。
ギターを弾けよ、とマリー・ラフォレに迫る青い冷酷な眼が。
地中海の印象もこれで決まった感じです。(実際に見たら、え、色が違うよ〜なんて思ってしまいました。脳内BGMはもちろんニーノ・ロータで^^;)
で、最初にあの妖気にまいったからか、同じクレマン監督の『危険がいっぱい』もすごく好きなのです。

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だいたい、この映画の原題は「ネコ科の動物」。
私は、主演の3人全部が猫だと思いました。

ギャングのボスの奥さんと関係を持ったせいで命を狙われている、頭は切れるけれどちょっと粗暴な女たらしのマルク(アラン・ドロン)。
表向き、2年前に富豪の夫を亡くして以来慈善事業に熱心な未亡人という仮面を被っているエレガントで知的な女主人バーバラ(ローラ・オルブライト)。
バーバラのいとこで彼女の手伝いと屋敷のメイドのようなことをしている、瑞々しく可愛らしい小娘のメリンダ(ジェーン・フォンダ)。

マルクは走る車の前に飛び出していったり、逃げる時もとにかく軽やかですばしこくて世慣れた油断ならない野良の若い雄といった感じ。
女王のようなバーバラとの大人のかけひき、しなやかな探りあいと楽しむ余裕のある甘いキス。瞬時に同じ匂いを嗅ぎ分ける勘のよさとしたたかさ。
バーバラは長く艶のある肢体、優美な首筋と背中、心の内を決して見せぬ瞳を持つマダムのようなメス猫。
軽く見て近づこうとすれば、たちまち「きちんと数えてから気取りなさい」「あなたどこで育ったの?溝の中じゃなくて?」と冷ややかに突き放される。

問題は、二人がまだほんの子供、純粋で夢見がちな何も知らない子猫と思っているメリンダ。もちろん、無邪気で傷つきやすい可憐な娘ではあるけれど、マルクとバーバラは彼女が同類ということをつい忘れてしまうんですよね。現実を知らせるのは可哀相だから、黙っておこうなんてなんとなく気遣ったりして。話も適当に聞き流して「おねんねの時間だよ」と追いやってみたり。

無邪気ほど怖いものはないのに。
無垢な魔というのかなー。俗っぽい計算高さなどなく、ただ彼女は自分の憧れの宝箱を貰う約束を胸に、軽やかに楽しげに喜びいっぱいでお手伝いをし、一目で気に入ってしまった欲しくて仕方のない宝物をその箱の中にしまって大事にしたいだけなんですが。
大人たちがそれに気付いていないだけ。
死の匂いのする宝箱。
お屋敷の様々な装飾品、モノクロだけにかえって不気味でよかったです。

そういう少女のような無邪気さを、ジェーン・フォンダはお父さんそっくりの眼差しを時折見せながら、ひじょうにうまく演じていました。細長くて綺麗な指♪
怖がりだけれど素直で愛らしく、物怖じしない瞳。
相手を混乱させる無意識の媚態。
触れようとすると脅えて爪を立てる子猫。
駆け引きも悪気もない、真っ直ぐな無邪気さほど怖いものはないなあ。
子猫が怒ったときは容赦なく全身全霊でくるので、ダメージも相当。

寂しくないように・・とおもちゃと一緒にゲージに入れられた野良猫はどうなる?
激しいめまいのようなバックのゆれが不気味でした。

l

ルネ・クレマンは、『太陽がいっぱい』で、パトリシア・ハイスミスの原作(このシリーズは物凄く面白い)とは違う結末をみせてくれましたが、この映画はどうなのかしらと気になりました。『危険がいっぱい』の原作はデイ・キーンの『喜びの家』というのだそう。古本屋さんで探さねば〜。
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暗殺者のメロディ
あ

『THE ASSASSINATION OF TROTSKY』
1972年フランス・イタリア・イギリス


初見。舞台は1940年のメキシコ。
亡命中の革命家と、政治に疎い貿易商を装って彼に近づく正体不明の男。
トロツキー暗殺事件を描いた緊迫感溢れる物語。

恥ずかしながらトロツキーなる人物をまったく知らなかったので・・。
学生時代の教科書をひっぱりだして探してみたら少しだけ載っていたんですけど、大雑把に書くと、第一次世界大戦後レーニンのもとで外務大臣に相当する職に就きドイツとの講和交渉をしたり、ロシア革命の指導者的立場であったりした方だったのですね。
やがてレーニンが政治の表舞台から退いたことに加え国内外の様々な情勢が絡み合い、11月革命以後生じ始めた指導者間の対立がついに公然化するとスターリンら「3人組」による一方的な批判と排斥によって幹部の座を追われ、やがて国外追放の身に。(たぶん)
ソ連の圧力で亡命先を転々とするしかなかったトロツキーは、1940年のメキシコでも常に身の危険に脅かされつつ、それでも反スターリンの姿勢を崩さずにいた・・・・と、まあそんな背景があったのだなと。

10月に見た同じジョセフ・ロージー監督の『パリの灯は遠く』は社会派の名作でしたが、こちらもまたすごかったです。役者陣もみな素晴らしかった♪
史実は忠実に、それ以外のところは脚色も交えつつ構築されたようですが、ラストの一瞬までまったく目を離せない凄まじい展開の作品でした。全体の印象は、不思議と静かなのですけれど・・

「独裁だからな。私は闘うぞ。虚偽が支配し私の信奉者も沈黙を強いられる世界だ。私は真実を語り続ける。」
スターリンの粛清によって犠牲になった人々。
ロージー監督は、そこに自分の過去を重ねたでしょうか。
理想とする主義は同じはずなのに、そこから外れた執拗でヒステリックで残忍な人間狩りへとかき立てる一切の批判や意見を許さない独裁の恐怖。
イデオロギーの如何に関わらず、いつどこの世界でもこの狩りの習性は多くの”普通”の人々を巻き込んでいとも簡単に生み出され増幅する危険を孕んでいるのでは・・。

「芸術とは、人間が世界の中で自己の立場を分かる方法だ」
トロツキー暗殺を企てる”素人集団”を率いるメキシコ共産党支持者?のシケイロス(David Alfaro Siqueiros)。映画の中でも彼の描いた強烈な壁画が映し出さるのですけど、彼は本当にトロツキー暗殺計画に関わっていた人なのですね!トロツキーの「お役人が絵筆を握らせて書かれた詩や絵画は云々」というのは芸術への政治介入批判のようだけれど、ちょっとシケイロスとトロツキーの関係、トロツキーがシケイロスをどのように見ていたかなど、どう考えたらいいのかしら・・と。(知らないことだらけで困った)

「ナターシャは汲み尽きぬ泉であった。優しさ、愛情、寛大さの源泉である。」
トロツキーと妻・ナターシャとの信頼関係は深くて濃いものだったのですね。逆にそれがない暗殺者フランク・ジャクソンとギタの関係は悲劇的。
「人生は美しい。未来の世代がこの世から悪と暴力と圧政を洗い流し人生を満喫できるように願う。」
主義主張の違いを超越した言葉。だからスターリンに狙われ続けたのね・・。

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厳重に警備された屋敷の中で、妻や孫(スターリンの政敵ということで、彼の子どもたちは皆殺しだったらしい)、彼の信奉者とともに暮すトロツキーを演じるのはリチャード・バートン。
ほんのりと舞台の香りのするような重厚な演技で、力強い思想家でもあるトロツキー像を見事に体現してくれていました。
妻ナターシャを演じたヴァレンティナ・コルテーゼが、これまた素晴らしくて!夫婦ともに、なんともいえぬ異常さを感じていながら、それを自ら打ち消してフランク(アラン・ドロン)を家に入れてしまう様がうまかった〜。

トロツキーの信奉者で彼の仕事の手伝いをしているらしいギタが、ロミー・シュナイダー。愛する男が何を考えているのかわからず、とらえどころのない不安に苛まれ最終的に裏切りを知って「嘘つき!その男を殺して!」と叫ぶ女の深い哀しみを名演していました。闘牛を見ながら、見ていられず怒り出すシーンは女からしたらすごくよくわかるわ〜。(肉は平気で食べるけど、時間をかけて刺し殺していくのを見るなんて耐え難いという・・)
刺されまくって血反吐を吐きつつ死んでいく牛はトロツキーでもあり、フランクでもあるようでした。闘牛士がスターリン・・・。

で、ドロンです。ドロンは、顔が綺麗なせいで演技面にしっかり注目してもらえていないタイプの俳優さんだと思いますが(もちろん、あれ?これはちょっといつもに比べて・・と思うのもないわけではないけれど)、この演技は凄かった!ほら、やっぱり演技うまいじゃないの!と嬉しくなったりして。
たえず逡巡して過敏。
神経衰弱気味なところが自然なので、見ていて息が詰まります。
トロツキーと対峙しているときなど、萎縮してしまって小さな声がゆらゆらするのを隠そうとして必死、脈拍数も上昇してこの人卒倒するんじゃない?という雰囲気。明らかにおかしいのだけど、どこが変とは言えないうっすらと漂う異様さがすごくうまい。
誰にも心を開いておらず、現状の閉塞感を憂う理想主義者ではあるらしけれど、同時になにやら背に腹変えられぬ問題もあるよう・・。
あ、そういえばこの女はギタだっけ・・と今気付いたというふうなところも怖いし。
あのトロツキーを刺したあとの絶叫なんか、逃げ出したくなります。

川面にスターリンの幻影を見るフランク・ジャクソンの眼。
追い立てるように鳴る鐘に飛びつく時の異常さ。
主義思想に心酔しての英雄的行為であるなら、もっと使命感と自己陶酔で自信を持った狂信家になりそうですが、無理矢理任務を遂行しなければならない状況に追い込まれているようで、かえって挙動不審に陥り孤独で周りの見えない狂気一歩手前という感じの暗殺者でした。ロージー監督と組んでいるときのドロンて、すごく好きだわ♪
バートン、ロミー、ドロンのアンサンブル、張り詰めた緊張感が素晴らしかったです。

アラン・ドロンとロミーが共演している作品て、「太陽がいっぱい」しか見たことがなかったので嬉しかったんですけど、見ながらやっぱりこの二人の友情は本物だったんだなあと感じましたわ。「恋ひとすじに」(58年)はDVDにならないのかしら・・

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私は、この右下写真にあるヴィスコンティ演出でドロンとロミーが61年に舞台共演したという「あわれ彼女は娼婦」を見たくて見たくて(無理なんだけど)たまりません!
このロミーの美しさ!!

←『ロミー・シュナイダー 恋ひとすじに』レナーテ・ザイデル編、瀬川裕司訳 平凡社

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ひとめぼれ
アラン・ドロンがジョニー・トー監督作品に出演するかも・・というニュース
ほんとだったら嬉しいなー♪興味津々。
ジョニー・トー監督の映画はとにかく面白いし、
出てくる男がすごくかっこいい上にエロスがある。
まぁ、見ているうちに(どーせ私は女だしー)と妬けてくるのですけど^^;
エレクション』、早く観たい!

ところで、昨夜私はひとめぼれしてしまいました。
鑑賞したのは、95年作品『死の接吻』。
k
『KISS OF DEATH』
1995年 アメリカ

あほうな従兄弟(血はつながってなさそう)に拝み倒されて、つい足を洗ったはずの密輸の仕事を手伝ったばかりに、刑事や判事やケイジたちに追っかけまわされてエライ目に遭う男の話。

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殺しのドレス
殺しのドレス
『DRESSED TO KILL』
1980年アメリカ

2007年、最初の一本は『殺しのドレス』。
初見。うわぁ、ケイン様・・
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